奈良にまつわる二つの亀のお話

2014年03月28日

都祁地域は、高地にもかかわらず、奈良でも比較的古く、縄文時代の頃から既に人が住み着いていたと言われています。ところが、実はその昔、現在の奈良盆地の大部分は大きな湖か湿地だったそうです。

もともと200万年~300万年前には、奈良全体が巨大な湖「古奈良湖」であったものが、二上山麓の地すべりが原因で「亀の瀬」(JR大和路線の三郷駅と河内堅上駅の間辺り)から大阪平野に通じる現在の大和川が形成され、徐々に水が無くなったのだそうです。
実際、大和盆地の中央から四方を見渡すとぐるりと山に囲まれているのが、信貴山の南側の辺りだけ隙間が空いているのが良く分かります。
また、古奈良湖の水は一気に流れ出したのではなく、縄文時代、弥生時代と減少していったものの飛鳥時代でも、池や湿地として、かなりの部分が残っていたとのことです。その証拠に、山辺の道は湖の岸に沿ったような形で残されていますし、奈良盆地中央の低地では弥生時代の遺跡は見つかりますが、縄文時代のものは見つからないのだそうです。

さて、有名な明日香村の「亀石」に次のような恐ろしい伝説が残されています。

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 ~以下、亀石にある明日香村飛鳥保存財団の案内板から引用です。~
むかし、大和が湖であったころ、湖の対岸の当麻と、ここ川原の間にけんかが起こった。長いけんかのすえ、湖の水を当麻にとられてしまった。【中略】今、亀は南西を向いているが、もし西を向き当麻をにらみつけたとき、大和盆地は泥沼になるという。
 ~引用終わり~

これだけだと「亀石」は、奈良を守っているのか恨んでいるのかよく分かりませんが、件の「亀の瀬」で再び地すべりが起こると本当に奈良が泥沼になってしまう!というわけで、亀の瀬の地中には直径6.5m、長さ100m!!の通天閣並みの巨大な杭が55本、小さいものも含めると合計170本もの杭が地中に打ち込まれて地すべりを防いでいるそうですよ!

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